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■長年の憧れ。  

本日、朝からテクテクとここへ行って来ました!

20130503_大津皇子

え、分からない?

じゃ、もっとズームアップして・・・

ズームアップ・・・

ズームアップすると。。。


20130503_大津皇子2


になります。

悲運の皇子、大津皇子のお墓です。

諸説ありますが、宮内庁がココ、と言っているのだからそれを信じます。


ええ、わたしは里中 満智子さんの『天上の虹』を読んで育った世代ですの・・・

二上山を見上げながら幾度、ああ、あそこに大津皇子が!と思ったことか。

でも。なかなか訪問することもなく、行く年が過ぎ・・・なので、ようやく実現した今日はめでたい日でもあります☆


二上山トレッキング記録はまた改めて☆

大津皇子(おおつのみこ、663年(天智天皇2年) - 686年10月25日(朱鳥元年10月3日))は、飛鳥時代の皇族。天武天皇の皇子。母は天智天皇皇女の大田皇女。同母姉に大来皇女。妃は天智天皇皇女の山辺皇女。
663年に九州の那大津で誕生。大津皇子は、『懐風藻』によると、「状貌魁梧、器宇峻遠、幼年にして学を好み、博覧にしてよく文を属す。壮なるにおよびて武を愛し、多力にしてよく剣を撃つ。性すこぶる放蕩にして、法度に拘わらず、節を降して士を礼す。これによりて人多く付託す」(体格や容姿が逞しく、寛大。幼い頃から学問を好み、書物をよく読み、その知識は深く、見事な文章を書いた。成人してからは、武芸を好み、巧みに剣を扱った。その人柄は、自由気ままで、規則にこだわらず、皇子でありながら謙虚な態度をとり、人士を厚く遇した。このため、大津皇子の人柄を慕う、多くの人々の信望を集めた)とある。『日本書紀』にもおなじ趣旨の讃辞が述べられており、抜群の人物と認められていたようである。


抜群の血筋を持ち、そして、有能でありすぎるがゆえに時の政変に巻き込まれた悲運の皇子。

歴史に「たら、れば」がないとはわかっているもの・・・つくづく考えずにはいられません。母の大田皇女が長生きすれば、今日の歴史も変わったものになっていたのでしょうか。



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