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Sun.

■感覚のズレ。  

感覚がずれていく。

一緒に遊んだ妹や弟。それぞれの家庭があり、それぞれの事情があり、それぞれの生活があり、少しずつずれていく。

共に楽しく青春を過ごした友。彼女たちとも生活がずれていき、そして、方向性、目的性もなんだか昔ほど一致しない。そう、微妙なズレがあるのだ。

そのズレがなんなのか正確には分からない。

でも、確かにわたしは微妙な感情のズレ、感覚のズレ、生活のズレ、意識のズレを感じるようになり、会話の端々に微妙なニュアンスが漂うになる。

今、わたしは話している。でも、その内容に妹は興味があるのだろうか。二人の子供の母である妹にこんな話は興味があるのだろうか、と頭の片隅で常に疑問を抱いている自分がいる。

それはわたしだけが感じているものだろうか。いや、違う。おそらく友人も、そして、妹も弟も感じているように思う。お互いにそのズレに気づきながら、見て見ぬ振りをしている。それが大人になるということなのだろう。


最近、家族が集まる機会が多く、そして、女友達と会う機会もちょいちょいあり、なんだかそんなことを思いました。

全ての共感、全ての考えの共有、一体感、若い頃は確かにあった集団の中の共有性、親密さが少しずつ、少しずつ、消えていったように思います。

社会人になってから知り合った人とはそんな風には思わないのだが・・・それは近年のわたしが派遣社員として生活をしているからかもしれない。はじめから感覚の共有など求めていないのだから。

でも、一つ屋根の下で共に育った妹や弟。同じ学校で机を並べて学習した友。かってはあんなにわたしたちは常に一緒よ!と甘い感覚を共有しあったのに・・・!

そして、その共有感覚を抱く相手が今や主人しかいないことに愕然としました。


そもそも主人とわたしの間に完璧な一体感、共有感はあるだろうか。。。想像するだけにクラクラする。

残念ながら我が夫婦にはそういう完璧な一体感は無い、と言えるだろう。主人とわたしは夫婦であり、現在の生活を共にし、そして、今後の生活も共にするだろう。でも、二人の間にピッタリとした一体感、共有感を感じることはおそらくないだろう。

それが大人になるということ、そして、それぞれが自分の世界、生活、リズムを刻んでいく、ということと言われればそれまでのこと。


それでも主人がいること。

わたしと生活を共にし、振り返れば微笑んでくれる人がいること。わたしのすることに興味関心を示してくれる人がいること。そして、なによりもわたしのやりたいこと、やろうとしていることの話を聞いてくれる人がいることは本当にありがたい、と思う。


たとえ、そこに感覚のズレがあろうとも。


それは許容できる範囲なのだから。


色々な人とふれ合うとそこに色々な空気を感じてしまうわたしなのでした。若い頃はそれを感受性の鋭さ、で済ませられたが、今となってはそんな言葉すらわずらわしい。

鈍感であることは生きていくうえで最大の武器だと思う。

できるだけ、できるだけ、鈍感であろうとしているけれど、それが難しいわたしなのでした。




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2013/03/17 18:20 [edit]

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