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当時、20代だったわたしが何故、この呉善花著の『スカートの風―日本永住をめざす韓国の女たち』を手にしたのか、記憶がさっぱり定かではありません。ただ、購入した時のことはよく覚えており、この本は大阪難波駅の某書店で平積みされておりました。ということはそれなりにニーズのある本だったのでしょう。

また、今回、読んで思い出したのですが『続 スカートの風―恨(ハン)を楽しむ人びと』も読んでいますね、思い出しましたわ。Amazonで表紙の絵を見て懐かしく思ったぐらいですもの。笑

残る一冊『新・スカートの風―日韓=合わせ鏡の世界』は今回、入手できなかったので定かではないですが、これはおそらく読んでいないと思います。なので機会があれば入手してまた読んでみたいとも思います。



『スカートの風―日本永住をめざす韓国の女たち』。


まずこの本から入っています。なので当時、非常にインパクトがありました。20代の、それも後半で独身だった私が思ったこと。

「日本人でよかった・・・」

というこでしょうか。どうもそれまでわたしは韓国に対して、まぁ、同じアジア人種だし、隣国だし、生活様式とか習慣とか似ているんだろうなぁ、ぐらいの感覚でした。というかあんまり意識をしていなかったんでしょうね。当時のわたしは金大中元大統領以外の韓国人の名前を一人もあげられなかった、と思います。

そんな呑気な、事なかれ主義のOLだったわたしはこの『スカートの風―日本永住をめざす韓国の女たち』でビックリしました。当時のわたしは自分の姿と重ね合わせてびっくりしました。男尊女卑の社会、女は離婚したら終わり(!?)、処女でないと結婚は難しい、それも25歳まで、なんじゃ、そりゃ、と。

この基準からすると・・・わたしなんかもう韓国では終わっている女だね、と。

そして、借金に縛られながら、日本へ渡り、ホステスや売春婦として生きていく悲惨さ。とにかく、韓国の女性が哀れで哀れで仕方がありませんでした。著者の仕事が特殊だったがゆえか(韓国人ホステス相手の日本語教師)、ホステスに身を投じる女性が当たり前の存在として描かれていることに驚くと共に悲しみを感じたものです。

一方で、その背景にある妓生とヤンバンの関係についてはイマイチ分かっていなかったように思います。が、韓国ドラマ『トキメキ☆成均館スキャンダル』を見たことのある今のわたしは「あ、これが・・・」と20代の頃よりも理解できたような気がします。それにしても、ヤンバンがそんなに韓国で理想の対象であったとは、今は別の驚きが・・・汗。

改めて読むとやはり古臭さは否めません。

しかし、現在でも韓国人売春婦の存在がたびたびニュースに取り上げられることを考えると、根本的なところでは大きく変わっていないのかもしれませんね。

日本へ来る韓国人女性が多いこと、そして、そんな彼女たちを買う男性も日本にいるのでしょう。とはいえ、それ以前に韓国の女性に生き方の多様性があることを願ってやみません。本当に願います、同じ女性として。そして、朴槿恵大統領には彼女たちの存在にもっともっと真剣に目を向けてほしいと思います。

朴槿恵大統領に望むこと。慰安婦の女性を自らの野心故に政治に利用するために叫ぶだけではなく、何故、先進国であるはずの韓国の女性が海を渡って売春に走るのか、と今一度見つめなおしていただけないでしょうか。韓国女性の幸福のためにも。

韓国は自国の「売春婦問題」と、日本の「慰安婦問題」を一体どうしたいのか?あえて考える

そして、慰安婦の真偽、また竹島の領有権、日本海、これらすべて歴史家の手にゆだねるべきでしょう。日本も韓国も。



『続 スカートの風―恨(ハン)を楽しむ人びと』


韓国の女たちが自らを装うに基調とする美は派手さには違いないが、その方向性は「セクシーであること」への矢印をかなり強く持つものだといえる。


さて、こちらは上記の本に比べると日本と韓国の文化や習性の違いに焦点を当てられており、今回はこちらのほうが興味深く読めました。

特に「なぜ韓国女性は美人なのか」という章は興味深かったです。そこには日本女性が考える美とは異なる美の概念があるのだと認識しました。そして、あのあどけない表情を漂わせていたキム・ヨナ選手がセクシー路線に走った理由が分かったような気がしました。

わたしはずっと、浅田選手が可愛く、愛らしく、芸術性の高い滑りをするのに分かりやすく対比させるためにキム・ヨナ選手はセクシー路線に走ったのだと思っておりました。そう、ある意味、フィギュアスケートという採点競技における戦略としてジャッジへの分かりやすいアピール=セクシーさを採用したのだと。が、今回、この本を読み返して「違う、セクシー路線は韓国女性として既定路線なのだ」と今更なことに気づきました。

韓国の男が女を見る目は、きわめて肉体的な性への関心をあらわにしたものである。女が「直接的にセクシーであること」を大きな喜びとする目である。


そして、キム・ヨナ選手のあの濃いアイラインには「・・・」と閉口しておりましたが・・・

韓国の化粧ではなによりも目を強調する。アイシャドーを濃く強くひくのはもちろんのこと、彫りの深さを際立たせるために、整形手術で瞼の脂肪を除去する者も少なくない。


そうなんだぁ~と妙に感心しました。

が、韓国女性の美=セクシーさは理解したとはいえ、キム・ヨナ選手のセクシーさに違和感を感じましたし、少し前に流行った韓国ガールズグループのセクシーさを前面に打ち出すしパフォーマンスにも違和感を感じます。それはわたしが年を重ね、保守的になった証拠でしょうか。



感覚的な同質感。


一般的に、日本人と韓国人との間では感覚的な同質感が強く支配する。そのため、その同質感をはずれた行為を相手が示したとき、考えるよりも先にまずまず感覚的な反発や嫌悪の感じがやってくることが多い。そこでは、それらのズレの背景を冷静に眺めてみようとする意識が、とても弱くなってしまっている。この強い感覚的な同質感を、私は本書のなかで『無意識の身内意識』と言っているが、私が提唱したいのは、これをちょっとカッコに入れて考えてみようということである。


確かにそういうところがあるかもしれないなぁ、と思いました。

キム・ヨナ選手や韓国のガールズグループが打ち出してくる、分かりやすいセクシーさには確かに感覚的に否定的な感情を抱きました。わたしには理解できないセクシーさだと。エロティックを過分に含むセクシーさだと、女性として受け入れがたいものを感じました。見ていると恥ずかしくなるし、女性として抵抗を感じる・・・

それにキム・ヨナ選手も韓国のガールズグループのメンバーも皆、同じように目を強調したメイクをしていますね。整形だけではなく、皆、同じメイクをしているから同じような顔に見えるんだろうな~と思いました。

まぁ、なんていうか、同質感云々よりも、限られた期間に大挙して日本へきて、大挙してテレビを独占していたので、疲れたんでしょうね(?)・・・遠い目。


今後は韓国人も外国人である、と強く認識したいと思います。



かれこれ、10年ぶりぐらいに呉善花著『スカートの風』を読んでみた。


初めて読んだ頃は韓国という国を本当に知りませんでした。

でも、現在はあの頃に比べると韓国に関するニュースに触れることも多く、韓国人の名前も金大中以外にも覚えました。キム・ヨナ選手とかユチョン(JYJ)とかね!そして、韓国のドラマも何本か見ました。韓国に関する本も読みました(最近では、『呆韓論』ですが・・・)。

なので、今、『スカートの風』2冊を読むと新たな視点がありましたね。


韓国人と日本人は異なる民族である、と認識しようと思います。価値観、考え、行動様式、文化、生活様式、そして、名誉や恥の概念全てが異なる国の人である、と。その違いを認めようと。ま、認めて最近は呆になってきているのですが・・・難しい。





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2014/03/03 15:42 [edit]

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