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■アパルトヘイト。  

先日、ニュースをみているとネルソン・マンデラ元大統領の死去を伝えていました。

その中でニュースキャスターの方が「27年間刑務所に収監され・・・」と告げていたことに絶句しました。27年間。何ゆえに27年間。

考えてみれば、アパルトヘイト政策やネルソン・マンデラ元大統領に関して学校で勉強したことがあっても、それはあくまでも机上の空論で、実際にはどのようなことがあったのか全く知りませんでした。

そもそも「彼は何故、27年間も収監されることになったのか」と。

それは単純な答えでした。彼は人間としてあるべき当然の自由を求め、その結果、投獄されたのだ、と。そう、27年間も。

ネルソン・マンデラ、自由への闘争
12月5日夜、南アフリカ共和国初の黒人大統領、人権運動指導者ネルソン・マンデラ氏が死去した。享年95歳。同国で3世紀にわたった白人による黒人支配は、1994年の大統領就任により終焉を迎えた。

 ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ(Nelson Rolihlahla Mandela)は1918年7月18日、南アフリカの主要民族集団のひとつ、コーサ人の首長の家系に生まれた。

 フォートヘア大学とウィットウォータースランド大学で法学を学び、在学中の1944年にアフリカ民族会議(ANC)に入党、反アパルトヘイト運動に身を投じる。1952年、ANC副議長に就任。キューバ革命(1958~59年)に触発されたマンデラは1961年、軍事組織ウムコント・ウェ・シズウェ(Umkhonto we Sizwe:民族の槍)を創設、毛沢東やチェ・ゲバラのゲリラ戦術をヒントに、白人政権への直接的な攻撃を開始した。

 1962年に逮捕、1964年に反逆罪と破壊行為で終身刑を言い渡される。ケープタウン沖ロベン島に収監され刑期の大半を重労働に従事、27年間を獄中で過ごす。1980年代に幾度も早期釈放を政府から提案されたが、条件付きだったため拒み続けた。

 1990年2月2日、白人政権のフレデリック・デクラーク大統領は、ANCを含む反アパルトヘイト組織の非合法化を解除し、マンデラの釈放を発表。黒人が厳しい差別を受けていたアパルトヘイト時代に幕が降りた瞬間だった。

 釈放後にケープタウンの市庁舎に到着したマンデラを迎えた支持者は5万人にのぼり、4半世紀ぶりに公の場で語られる言葉を待ちかまえていた。世界中に放送されたこの集会でマンデラは、「われわれの闘いは決定的瞬間を迎えた。自由への歩みは後戻りできない」と述べた。

 1993年12月、民主主義への平和的移行を指導した功績で、デクラークとともにノーベル平和賞を受賞。

 1994年、黒人が参政権を得た初の国政選挙でANCは勝利し、マンデラは大統領に就任する。1999年に政界を引退した。

Jane J. Lee, National Geographic News


ほぼ単一民族の民主主義国家で育ったわたしには想像だにしない人種差別政策。

それゆえにアパルトヘイトという名のもとで具体的にどのような政策、差別が行われていたのか、はっきりと認識をしていませんでしたし、興味関心もありませんでした。


今回、マンデラ元大統領の死去を知り、今更ながらにHuluにて『マンデラの名もなき看守』を観ました。



映画の感想はネルソン・マンデラの人生にただただ驚く、『マンデラの名もなき看守』。に記しましたので、興味がある方はどうぞ。

そして、映画を観て、アパルトヘイトと呼ばれる政策を初めて「恐ろしい」と捉えました。どうして、こんなことが20世紀に入っても続けられていたのだろう、と。国家としてそんな政策をとったことの驚き。どうしてそんなことが許されたのだろう、と。


中学の頃、授業でアパルトヘイトについて学びました。そのとき、教師が「日本人も有色人種である」と告げ、初めて自分が有色人種であることを認識したように記憶しています。

ただ、それだけで?それだけで差別されるの?生活条件が制限されるの?

続けて、教師が「日本人は白人として扱われている」と告げました。それを聞いた教室の雰囲気が安堵に包まれましたが、教師はそれを許しませんでした。あのときのわたしは無知で、愚かでした。肌の色は違う、でも、おまえたち日本人は白人として認める。そこに怒りと憤りを感じるべきでした。でも、感じたのは妙な安堵感ともやもや感だけでした。


日本人は1961年以降、経済上の都合から「名誉白人」扱いとされていた。



今後、わたしが南アフリカ共和国へいくことはよほどのことがない限りないでしょう。空気が映画の頃と変わっていることを願ってやみません。


そして、今尚、地球上で起こっているあらゆる差別や困難、貧困が少しでもなくなることを願ってやみません。



最後になりましたが、ネルソン・マンデラ元大統領の魂が安らかでありますように。


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2013/12/09 15:12 [edit]

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